ダニーのラボ

ダニーが学んだことを書きます。ここに書かれることはダニー個人の見解であり、ダニーの所属先の見解とは一切関係ありません。

20240915_授業開始前に映画1本

先週公開された映画「熱烈」を鑑賞した。ブレイキンのパフォーマンスがかっこいい。激アツい。それをとりまく人と人との思いの交錯も熱い。内容に入り込んでいるうちに、いつのまにか2時間が経過していた。

事前にブレイキンの歴史をネットの記事や動画で少し見ておいた。人前で思い切り自己を開示し、ぶつけ合う感じ。純真で強いダンサー像を頭に描いた。

しかし、映画を見ると、芸術と金とは切っても切れない仲にあることが分かった。どの業界でも、人と人とがまっすぐな関係を結ぶのは難しい。真心をもって人と接し続けることは、本当に勇気のいることだ。

私立の進学校の生活は、受験一辺倒になりすぎる。もう30代になってしまったが、若いころ(10代)から映画を意識的に見るようにしておけばよかったと思う。

「映画はさまざまな知識・教養を身に着けられるから」というのは理由としては不十分。問題は身体性である。テーマにまつわる人々の感情の動きを自分の身体感覚を使って追体験することが重要に思える。

情報が氾濫する時代にこそ、頭ではなく、心で、さらには「肚」で物事を感じるという経験が大事だ。これは自分の内面との対話である。これをしないと生きる指針が見えなくなる。

私はこの年になるまで頭だけで試行し続け、迷走を続けてきた。だが自分が本当にやるべきことに出逢うと、文字通りに「腹落ちする」感覚を覚える。こんなことは、いままで誰一人も教えてくれなかった。驚くべきことである。

帰りは花火大会の観客でごった返していた。花火というのは、あれも他の人との時間の共有、一体感というものがあって面白くなる。身体感覚を認知的な共通基盤として、より強い共同性がつくられるのではないだろうか。

しかし、独身の男が見ず知らずの家族連れ客と時間を共有しても、いたたまれなくなるだけなので、今晩は映画でよかったのである。

 先月はSLAM DUNKの再演をみて、これまた熱かったのだがまたの機会に触れたい。

20240503_オッペンハイマーみた

 映画「オッペンハイマー」を見ました。いまの感想は単純で、原爆開発のプロセスが映像で学べてよかったなあということ、そして科学者のアマチュア政治家としての側面についてあらためて考えさせられました。

 文学部出身のド文系の私には縁のない話ですが。お金と時間さえあれば進む研究はたくさんあるし、逆に金がないと進まない研究もたくさんある。最先端の実験物理の研究者はただの研究者ではダメで政治家や経営者としての能力が重要ですね。

 デキる科学者は夢や信念を語り、周囲の人々を巻き込んでいく。その夢は科学者個人の信念から生み出されるものでもあるが、同時にその時代その社会の人々の意思を反映するものでもある。その責任は個人にも社会にも還元しえないところがあります。

 オッペンハイマーも、学問のことしか考えない学者バカではなかった。世の中のことを考えていたから大きなプロジェクトが動かせたのです。ナチスに先んじて原爆をつくることは彼にとってだけでなく、みんなにとっての正義だった。そしてわれらがアメリカこそが最終兵器をいち早く入手し、うまく使用・管理することで、戦争のない世界を作れると思った。科学は「理想郷」を作り上げるための立派な社会的プロジェクトであり、社会運動そのものでもあるのですね。

 やや後悔しているのは、予備知識を身に着けてから行けば、鑑賞時の解像度がより上がっただろうなということ。勉強不足で理解が及ばなかったのは戦時期~戦後アメリカのソ連との関係や反共政策についてですね。これも予習しておいたらもっと理解しやすかったと思います。

 私はしつこいので、見た後に早川書房から出てる原作本を購入しました。映像のイメージがあるので速く読めるかなあと。あ、ということは予習してなくても見た後復習すればいいのか。現代科学史の学び直しの入り口にもしたいです。

 

20240502_草地を畑にする方法(1)畝づくりまで

 先日、とある体験農園の一区画をお借りすることになって、畑を耕し、畝立てと野菜の植え付けをしました。

 ナス、ミニトマト、ピーマン、シシトウ、トウモロコシ、カブ、ニンジン、青じそ。2m×3mくらいの小さな区画に2条の畝をつくっただけなのですが、けっこう色んなものを植えるスペースがあることに驚きました。まだスペースが残ったので、ゴーヤを植えるか、少しお花も植えてみたいなと思っています。

 3週間くらい前には、私が参加している園芸サークルのみなさんと畑づくりをしました。しばらく誰も使っていなかった市民農園の区画を畑に戻す作業です。お花をたくさん植えました。

 草の生えた土地を畑にするという作業に携われたのは、生まれて初めてだったと思います。それまでは誰かの農作業の一部を手伝うだけだったので、「畑ってこうやって作るんだ」ということを学ぶよい機会となりました。

 まずは土づくりですが、その前に雑草をある程度取り除きます。使われていない区画で、枯れ草がたくさん覆いかぶさっていました。「こうすることで雑草が生えるのを防いでました」とのこと。

 鍬をつかって、枯草と少し生えた雑草を除けていきます。背の低い草であれば鍬で引っ搔くだけである程度取り除けます。しかし雑草の背丈が高くなると、鎌を使って切っていかないといけません。

 つぎに、固まった土をほぐします。ここで鍬には二種類あることを初めて教わりました。耕すのに使う鍬と、土寄せに使う鍬です。前者は重量があり、刃の部分が柄に対して直角になるように取り付けられています。後者は軽量で、刃と柄が鋭角になっています。用途を間違えると、作業効率が悪くなり、体にも負担になりますし、道具が壊れてしまう原因にもなります。

 耕作用の鍬を使い、固まった土をくずしていきます。腰を曲げて作業すると腰を痛めるし非効率。鍬は直立して高く振りかぶり、土に向かって投げ落とすように使います。こうすれば道具の重さを利用して、土を楽に深く耕すことができます。

 植物性のバークたい肥と牛糞を管理人さんに持ってきていただき、撒いて土と混ぜます。後者について、その肥料に関しては牛糞といっても牛舎の敷き藁が混ざっていて、半分以上は植物性なのだとか。

 土と肥料を混ぜる作業は、うーん、けっこう大変に感じましたが、不慣れだからということが大きいかもしれません。最初に土を十分にほぐしていれば、腰をかがめ、土に鍬を「置いて引く」だけで肥料は混ざっていきます。

 どうすれば力を抜いて作業できるかを常に意識しながらやると、最適なやり方がおのずと分かってくるように思えます。

 肥料が十分に混ざり、土の色が均等になったら、いよいよ畝立てです。「畝は立てようとするのではなく、畝と畝の間に通り道を作る感じです」と管理人さん。おぉ、目からウロコです。畝はそんなに高くする必要もないし、道を作ってから形を整えてやれば自然に出来上がるのだとか。

 ここで登場するのがシャベル。シャベルには先がとがった剣形と、四角形の角形の二種類があります。ここで使うのは角形。四角形のスコップは、使った経験がありませんでした。畝間の道をつけるときにこれを使います。

 土に対して深く突き刺すのではなく、スコップを寝かせて、土に対して浅く入れ、表面をさらっていきます。一回でやろうとせず、何度も往復して道を作っていきます。スコップをあまり深く差し込んでしまうと、土が重すぎて動きません。

 さらに力を入れずにやる方法は、取っ手の部分を利き手で持ち、その手を膝で押すように使うことです。要するに、手の力を使って押すのではなく、自分の体重で押す。ここでも、とにかく「力む」ことなく最小限の力で作業を進めます。

 数回往復して道がついてきたら、土寄せ用の鍬を使って道の形を少しずつ整えていくのもアリです。この鍬は土にぶっ刺すのではなく、表面を引っ搔いてならしていくのに使います。これも「置いて引く」だけの動作を繰り返す。

 畝間の道の高低差や凸凹をなくしたら、あとは畝を整えます。畝はカマボコ上に丸く仕上げるのもアリですが、平らにしたほうが面積が大きくなり、たくさんの野菜を植えることができます。土寄せ用の鍬の刃を寝かせて、畝をなでるように整形していきます。畝の高さが均等になり凸凹がなくなったら完成。

 耕していると、たくさんのダンゴムシやミミズ、カナブンやガの幼虫らしき生き物たちが出てきました。「カナブンの幼虫はゴミ箱へ」と管理人さん。そして、たちまちスズメやら鳥たちがやってきて食われていく虫たち。うーん、自然界は厳しいですね。

 ふう、書くのに疲れてきたので今回はこのへんで。

20240502_ダニーの夢

 Bさん(NPOの代表の方。本ブログの初投稿参照)がなさっている活動の一つで、大の大人が30人くらい集まって、自分の夢を惜しげもなく語りあうというものがあります。コロナで中断していたけど、最近場所を変えて再開され、2か月に1回くらいのペースで行われており、私も参加しています。

 再開されてからは社会人よりも地元の大学生の人たちが多数参加していて、これはゼミの内容としても有効だな、と思い、さっそく今年度のゼミに取り入れることに。いま学生たちに自分の夢について考えてもらっています。

 「このイベントで語られた夢は結果として3割くらい実現していますよ」、とBさん。これを事前に聞いていた私は、自分の将来計画を「マネーの虎」みたいにきちんと詰めて実現可能な計画として提示するのかと思っていました。

 しかし、実際に参加してみると、実現可能性というよりは「自己開示」が重要視されていることがわかってきました。みんなの前で自己開示することで、聴き手がその人の生き様や熱意といったものに共感し、エールを送ったり、知り合いとつないでくれたりして、次第に具体化されていくわけですね。

 6月下旬に私もプレゼンターとして登壇することになりました。いま何を語ろうか考えているところで、早めにBさんにアドバイスをいただこうと、下書きを作って送ってみました。

 そこで自分にとっての目下のキーワードだなと感じたのは、前回のグレーバーの著書に関する投稿で出てきた「自律」と「解放」。若干意味合いは異なるのですが。

 自律は、自分で何とかやっていく自信をつけること(むしろ「自立」なのでしょうか)。解放は、人生苦から自由になることです。私は、この二つのキーワードをモチベーションにして研究してきたし、今後も当面はそれを続けていくんじゃないかな、と思います。

 夢プレゼンイベントの内容としては、自分が「自律塾」「解放塾」と呼ぶ空想上の塾の熟成になって学ぶことを、「夢の第一段階」として発表しようと思いつきました。先生ではなく熟生。Bさんのような人生の師匠に先生をやってもらいたいところです。

 まず「自律塾」では、何か困りごとが起こっても自分の力でなんとかできるぞ、そういう自信と判断力を身に着けることを目指すプログラムが展開されます。科目は、自炊、畑仕事、山野草の採集、ものづくりDIY、防災キャンプ、家族や自分以外の誰かをケアすることについて、などです。

 このアイデアをまとめてみたときに、こうしたことをわざわざ学校のような体系で学びたいと考えてしまう自分に苦笑してしまいました。というのも、上記のようなことは普通、さまざまな遊びの中で自然と身に着けていくものではないか?と思ったからです。私は頭でっかちのガリ勉野郎なので、これを身に着けるきっかけもなければ、そういうことを一緒にできるような友達もいない。

 というわけで、自律塾の入り口にはこういう宣伝文句が掲げられています。「ここは若いころに遊びで身に着けられることをし損なった哀しい大人のための塾です」。

 つぎに「解放塾」は、「人生そんなに苦しむ必要なんてないんやで」ということに気づいていくことを目的にしています。方法としては仏教の瞑想と人文学の実践。これらはまあ自分が普段から取り組んでいることですが、仮にだれか一緒にやってくれる友人がいたら、もっと楽しくなってモチベーションが上がるかも、と思ったくらいのことです。

 瞑想とはヴィパッサナー瞑想。グーグルのマインドフルネスのもとになったんでしたっけ。一時話題になったような気がします。禅とは異なる種類の瞑想で、残念ながら日本の仏教の伝統にはない。

 GW前の講義で、リベラルアーツをやる態度として「学び捨て unlearn」が重要だよと学生に話しましたが(3つ前の投稿を参照)、私にとっての人文学の真骨頂はこれなんです。

 これも私が講師として携わるのではなく、塾生として参加したいと思います。対話的に議論しあって新たな発見にともに至るのが、いまの人文学に必要なことだと思います。研究室の中ではなく、仕事場や日常生活の身体経験から生み出される発見が人文学をさらに豊かにしていくはずなので、大学の外での学びあいが大事だと思うのです。

 以上は、ダニーの夢の第一段階です。

 私は夢プレゼンについて考えたことにより、自分がこれまで「頭を使う仕事で偉くなりたい」というモチベーションをもって人生を歩んできたことに気づきました。我ながら実に傲慢です。

 だがその背景には、ずっと「孤独感」があったのではないかと思います。小柄で貧弱な見た目のわりには、プライドが非常に高い。誰かからなおざりな扱いをされるたびに「もっとリスペクトが欲しい」という思いを強めていることを感じます。それで、大学の「先生」という権威を帯びた地位(まあ、このご時世にそんなものはないわけですが…)を目指して生きてきたのではいだろうか、と。

 Youtubeで映画評論をなさっている岡田斗司夫さんが"Joker"の映画について考察されています。Jokerはハンディキャップを抱えていて、人々からずっと対等な関係になることを拒まれて生きてきた。本当は道化師として人に笑われる存在になるのではなく、人を笑わせる存在になりたかった。人々からないがしろにされてきた人が、どうやってまともに向き合ってもらえるか。それは暴力により「恐れられること」によって達成される、というわけです。

 Jokerと自分を比較するのも、まったくもって傲慢なのですが。しかし、恐れられることで人々とかかわろうとする、ということについて、自分は心当たりがある気がする。いや、地位や肩書きで人と関わろうとする「立場主義の人」は、じつはみんなそうなのではないか。

 ダニーの夢の第二段階には、上記の気づきを踏まえた世界とのかかわり方が盛り込まれるのではないかと思います。

 第二段階というのは、Bさんからもらった課題です。「自律して、解放されたいことは分かったが、そのあと、どうしたいのか?」とBさん。そんなことは、今までに考えたことがなかった。自律と解放の課題をクリアすれば、それで自分の人生OKだろうと考えていたわけですから。人生にさらに先があるのかもしれないという想定をもって、この課題に向き合ってみたいと思います。

20240430_『万物の黎明』第6~7章

 グレーバー&ウェングロウ著『万物の黎明』をGW中に一読できないだろうかと思っていますが、なかなか進みません。この本はほんとうに面白くて、ページをめくりながら心臓がドキドキしています。

 本書の主眼は歴史時代以前の人類史。ユヴァル・ノア・ハラリやジャレド・ダイアモンドを代表とする、従来のビッグヒストリーを覆すことを試みています。すなわち、人類の進歩史観を放棄し、人類社会は先史時代の時点ですでに十分成熟していた、という見方を提示します。最新の考古学と人類学の知見を集めると、先史時代における何千年もの期間、人類は驚嘆すべき社会実験を繰り返してきたことが分かってきます。

 当時の人類社会は大変に自由度が高く、国家をつくっては壊し、コミュニティを作っては放棄し、といったようなことを短期間のうちに何度も行ったりしていた。言い換えれば、自由に友達を作る、社会をつくる、そして気が合わなかったり、しんどくなれば、そこから逃げることもできる。このように先史時代の人々が持っていた、ソーシャルな意味での自由というものが、現代においてはなくなってしまった、というのです。

 人間はバカだから、政府を作ってルールを設けて、そうしないと平穏な日常生活を送ることはできないんだ。窮屈な文明社会の必然を説いたのはルソーであり、ホッブズであり、そしてそうした人間観は、旧約聖書における楽園追放のリフレインだったのです。

 どうして社会生活の柔軟性は、自由は失われてしまったのか。これが本書を貫く問いであり、これからの人文学が取り組むべき主要テーマなのです。著者グレーバーは生前、社会運動家でもあり、「世の中は変えられる」という確信を持っていた。本書が提示するのは、人類を自律と解放に導く歴史観といえるでしょう。人類は運命に隷従するものではない。この世界を変えたいという市民や運動家を励ますための人文学の夜明けを宣言する本だと思います。

 さてさて、この本、邦訳本が解説入れると640頁あまりもあり、しかも2段組。かなり大部の本です。驚異的なほど該博的な知識が詰め込まれ、興味深い歴史事例の宝庫です。ゆっくり数か月かけて読み進めたい気持ちだが、自分の中で人類史の大枠を早くアップデートしておきたい焦りの気持ちもあります。最初の方でついじれったく感じてしまったので、1~2章目を読み、10章目を途中まで読み、6~7章目を読みという感じで、感心のあるところから虫食い状に進んでいます。

 第6~7章は農耕に関する章。「農耕革命」という人類史の転換点をどう捉えなおすのか。3~5章を読み飛ばしているのでピンと来ていないのですが、そもそも農耕革命は人類史上さほど大きな転換というべくもない、ということが述べられていて、農業研究をかじっている者としては、おぉ!と驚愕。やはり前半を遡って読もうという気になりました(笑)。

 著者らは、ユヴァル・ノア・ハラリやジャレド・ダイアモンドを代表とする、従来のビッグヒストリーにおける農耕観を「シリアスな農耕」と呼び、批判の対象としています。代わって打ち立てられるのが「遊戯農耕 play farming」、そして「自由の生態学」です。

 シリアスな農耕史観は、1万年前の小氷期(ヤンガードリアス期)をきっかけに食糧難が発生したことから、農耕に取り組んでそれを瞬く間に広めていったといったもの。穀物の生産が貧富の差を生み、国家形成をも導いていきます。

 農耕の起源地の一つである西アジアのある地域で定住化が開始されてから、植物の馴致化が生じるまで3,000年もの歳月がかかっている。この3,000年間という期間、実験農学的に考えるとあまりに長すぎるそうなんです。本気で植物を栽培化しようとすれば、長くてもほんの200年くらいで完了してしまうのだとか。

 ということは、人類は3,000年ものあいだ、あえて農業にまじめに取り組まなかった。ふまじめに、ときに仕方なしでやってみた、という状態が何千年も続いたわけです。それはなぜかというと、狩猟・漁労のほか、交易や他のコミュニティの人たちとの付き合いを楽しむために定住しようと思ったから。農耕なんて、生業の中では優先度がかなり低かった。しかも、ある季節に植えて収穫したらその土地は放棄して、次はまたべつの場所でやってみる、なんていうこともざら。季節が変われば洪水で流されてしまう場所なんかであえて畑づくりをして、土地の囲い込みや測量をわざとやりづらくさせる戦略が採られていた、なんていう記述も出てきます。個人的には、小麦の栽培が麦の穂を取るためではなく、燃料や建材にするためだった、という指摘は、まさに目からウロコの発見です。

 農耕・牧畜のセンターとなる地域は、15~20か所も見つかっていて、それぞれが独自の歴史を歩んできたという議論もとても興味深い。これらを一緒くたにして「農耕革命」として抽象化してしまうのは過度な単純化となり、とても危険です。やはり社会科学者は歴史そのものをきちんと参照しなければならないんだと実感します。

 さてさて、ほんとうにGW中に読み終えられるのやら。授業が再開されるとまた時間がなくなるので、勉強はいまのうちです!

20240430_「蓮は泥より出でて泥に染まらず」

 ◆業界と自分は別

 

 蓮は不浄の池で美しい花を咲かせます。と、以前同僚の先生と訪問したレストランで、料理人の方がおっしゃっていました。 

 大学も学会も自分たちの勢力を広げたり生き残ることしか考えていない。まっすぐ自分の道を歩みたいです。私はそんな感じで、店長にこのブログに書いているようなことを申し上げたわけです。

 つい1週間前のことです。いやはや、今振り返ると、「自分だけは潔癖だ、間違っていない」と主張するのは傲慢だったかも、とも思います。

 それで、店長がおっしゃったのは記事タイトルのフレーズでした。店長はご自身のお仕事に誇りを持っていらっしゃる。でも、自分がいる業界はといえば、好ましいことばかりではない、というのです。

 もしも泥沼のような環境に住んでいても、自分の気持ちの持ち方次第で、一点の曇りもない蓮の花のような仕事ができる。

 

 ◆よい友を、よい師を持て

 

 なるほど。だが私は逆の言葉も知っています。同じ穴の狢(むじな)。類は友を呼ぶ、といった言葉です。友達の影響力は絶大で、たとえば公衆衛生学にネットワーク論を応用した研究だと、肥満の人の友達は肥満である確率が高いといった知見もある。社会ネットワーク論は一時夢中になって読みました。

 さて、また初期仏教の話になりますが、「善友性(善友を持つこと)」は、仏道に入る「兆し」として重要視されています。善き友とはけっこう広い意味で、自分を善なる方向に導いてくれる人々のことを指します。同い年の友人でもよいし、学校の教師でも親でもよい。いちばん想定されているのはお寺の修行僧かな、と思いますが。

 教師と友人を同じカテゴリに入れてしまうのは興味深い。先日、Bさんと話していて面白いなと思ったのは、小さい子どもには言うことを聞かせようとして指示を出しても聞いてくれないのだということです。Bさんにはお子さんがいて、その子はお母さん(Bさんの奥さん)のいうことは聞かない。でも、Bさんのいうことならなんでも聞いてくれる。なぜかというと、Bさんは子どもの指導者ではなく、友だちのように接しているからだとか。友だちの頼み事なら、聞いてあげたくなるもの。これを聞いて、私はとても面白いなと感じて、またこのことについて探求してみたいと思っているところです。

 ともあれ、よい友を持つ人は人格を磨きよい人生を歩める、ということです。逆もしかりでしょう。つまり、悪い友人がいたら、その人に影響されてしまうのです。

 

 ◆所属する組織にこだわらなくてOK

 

 よくよく思い出すと、先述の店長はこういうこともおっしゃいました。自分には30年くらい年上の師匠がいる。あなたも学の師匠ではない、人生の師匠と出会われますように、と。

 いま学の師匠ではない人生の師匠に出会う場は稀です。大学の中では、ほぼ出会えないでしょう(笑)。私はこのブログの最初の記事に書いた、A先生やBさんといった素敵な人たちと出会うことができました。私はフィールド系の研究者なので、調査と称して、いろんな場所に出向いてきたのがよかったのだろうと思います。

 ただ、学部生のころ、大学院進学を考える学生のために教員陣が企画した説明会が印象に残っています。大手企業で働く院卒の先輩が「人文系の院を出ておくと自分の世界ができるので、企業に就職しても組織や業界の論理に絡めとられなくなりますよ」という話をされていました。まさか専業の研究者になってこのことを思い出すとは思いませんでしたが(笑)。

 以上まとめますと、業界とか自分の所属する組織とかを超えて、自分が尊敬でき、導いてくれる人を探し、出会うことはとても大事だな、と。そうであればこそ、泥沼のような集団の中でも曇りのない判断をすることが可能となっていくのかもしれません。そういう生き方には、シビれますね。

 私は、心の中ではブッダが師匠です。だがゴータマ・ブッダはもういないわけですし、残念ながら日本のお坊さんはブッダの教えを知らない。私はほとんど本からしか人生を学べなかったわけなのですが、最近ようやく自分より世の中のことを分かっているように思える人と出会い、その師匠たちとの議論から自分の道を探しているところです。

20240429_捨てる勉強法

 読書の仕方もそうだし、自分がどういう分野の研究をするか選ぼうとしている若者にもいうのだが、「好きなこと、楽しいこと」を追求するタイプの勉強もあるし、「自分がいま苦しい思いをしていて、どうしたらそこから解放されうるのか」を探求するタイプの勉強もある。

 後者を言ってもピンと来ない人がけっこういる。例を挙げると、上野千鶴子氏や落合恵美子氏などが展開するフェミニスト社会学はその典型。

 私は落合氏の『21世紀家族へ』というめっちゃ面白い本を読んで、氏のファンになってしまった。この本については授業でも紹介しているし、いろんな人にぜひ読んでもらいたい。家族のことで悩んでいる人がいたら心が楽になるはずだ。

 この本は「なぜ私は主婦なのだろう」という問いかけから始まる。主婦としてさまざまに理不尽な経験をしているが、それがどうにも理解されないし、言語化できない。そうしたモヤモヤからフェミニズムも始まったし、この本の著者もそうした気持ちが大きな動機となって、やがては家族史研究を先導する存在となっていくわけだ。

 20世紀の家族は、①男性が賃労働、女性が家事労働に就くという性別役割分業、②子どもを軸とした情緒的な絆、③硬直的な父系社会である、④核家族である、という特徴を持っている。

 こうした家族は「伝統的」とみなされがちだが、落合氏は著書の中で、こんな家族像は伝統的でも典型的でもなく、20世紀半ばという時代にたまたま広がった家族構造のパターンでしかないことを描き出した。それ以前の家族というものは、時代・地域・身分などによってもっと多様だったし、しかも柔軟性をもっていたのだ。江戸時代の東北地方のとある農村では5年以内に2割くらいの人が離婚していて、同時代のイギリスより何倍も離婚率が高かったという議論も出てくる。

 本の内容紹介になってしまうので、このへんにしておこう。落合氏の研究を、私は勝手に「捨てる型」の研究と呼んでいる。伝統とか慣習といわれてきたものが、よくよく調べてみると、ほんの数十年しか歴史がないような軽薄なものでしかないことを見破る。そして、そこから自由になる。

 苦しみの正体を知ることは、自由の第一歩だ。私がこの本から学んだことは、そういうことだ。社会の仕組みは絶対的なものではない。それは変えられるし、放っておけばそのうち勝手に壊れもする。私たちが生きる世界は、そういう程度のものから作られているのだ。

 私は高校生のとき、たまたま親に勧められた本を読んで初期仏教のファンになった。以来、知識なんて死んだらぜんぶ放棄しなければならないので、「身に着ける」ための知識に虚しさを感じるようになった。むしろ様々な偏見にまみれた世俗の知識の正体を見破ることで、自分を「武装解除」していき、身軽な心になっていくための勉強をすることに意義を感じるようになった。そういう勉強もあるのだということを若い人に知ってもらいたい。

 まあそうはいっても、所詮俗物なので、おもしろいと思った本はなにも考えずに基本的に買ってしまうし、知ること自体を楽しむ勉強も続けている。だが、たとえば家が火事にでもなって、いままで買いためた全部の本が燃えてしまったら、それはそれで身軽になるだろうな、という気持ちも大事ではないかと思う。知識なんてその程度のものだと思っておけばいい。